東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8622号 判決 1984年9月25日
原告
岡本好正
右訴訟代理人
赤松俊武
木内二朗
被告
住友海上火災保険株式会社
右代表者
徳増須磨夫
右訴訟代理人
伊達利知
溝呂木商太郎
伊達昭
沢田三知夫
奥山剛
主文
一 被告は、別紙二(1)ないし(4)記載の土地につき、被告のためになされた別紙一記載の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者双方の申立
一 原告
主文同旨。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者双方の主張
一 請求原因
1 原告、訴外大鹿美咲子、同大鹿烈および同高麗孝義は、昭和五二年一一月二二日被告との間で、訴外株式会社ダイショク(以下訴外会社という)が同日付で被告との間で締結した金六〇〇〇万円の金銭消費貸借契約に基く貸金返還債務を担保するため、
(一) 原告の所有する別紙二(1)ないし(4)記載の土地、訴外大鹿美咲子の所有する別紙三(1)記載の建物、訴外大鹿烈の所有する別紙三(2)記載の建物、および訴外高麗孝義の所有する別紙三(3)ないし(6)記載の建物・土地につき、共同抵当としてそれぞれ第一順位の抵当権の設定契約、及び
(二) 連帯保証契約を締結し、別紙一記載の抵当権設定登記手続を了した。
2 右抵当権設定契約および連帯保証契約に関し、原告、訴外大鹿美咲子、同大鹿烈および同高麗孝義の間において、訴外会社の右債務については、訴外大鹿美咲子、同大鹿烈、同高麗孝義(以下訴外人らという)が最終的に負担するものとし、原告は負担しないものとする旨の合意が成立した。
3 被告は、昭和五五年九月二六日前記共同抵当の対象となつている土地建物のうち、訴外人らの所有する別紙三(1)ないし(6)記載の土地・建物(以下本件不動産という)につき設定されている抵当権を放棄した。
4 訴外会社は、昭和五五年一二月一五日不渡処分を受け倒産し、被告に対する前記貸金債務は金三七六〇万円が未払となつた。
5 原告は、抵当権設定者・連帯保証人として、訴外会社の被告に対する前記貸金債務を弁済すれば、被告に代位して本件不動産につき設定された抵当権を取得し、代位弁済額全額の償還を受け得る地位にあつた。即ち、
(一) 法定代位権者が数名存在する場合において、その内の一名の者が代位した場合に他の法定代位権者に対して取得する求償権について、民法は法定代位権者の性質―保証人・第三取得者・物上保証人・連帯債務者等―により相互間の優劣・範囲を定めているが、民法の規定は特別の合意を排除するものではなく、法定代位権者間に求償についての合意即ち負担割合の合意がある場合には、法定代位権者の取得する求償権の優劣・範囲はその合意によつて定まると解すべきである。この点に関し、被告は「原告および訴外人らの間に負担割合の合意があつたとしても、負担割合は原則として保証人相互間にあつては平等であり、また物上保証人相互間にあつては各不動産の価格に応すべきものであり、右と異なる負担割合の合意を債権者である被告に対して主張しうるのは、被告が右合意を認識しまた承認している場合に限られる」と主張するが、右見解をとる学説は連帯債務者間の負担割合によつて債権者の有する債権そのものの減少又は消滅を来たす場合についての学説であつて、本件の事案のように連帯保証人又は物上保証人の求償権の担保の減少又は消滅を来たす場合については妥当せず、債権者が求償権の範囲について認識し又は承諾することは要件とはされていないと解すべきである。何故なら法定代位権者の取得する求償権の優劣・範囲について民法は規定を定めているがそれは当事者間の合意を排除するものでもなく、債権者の担保保存義務の範囲は法定代位権者に確認しない限り不明であることが多いが、債権者の有する担保は究極的には法定代位権者の取得する求償権の担保として機能することが予定され、且つ法定代位権者によつて期待されているのであつて、債権者が法定代位権者の求償権の範囲について認識していなかつたとしても、法定代位権者の期待を債権者の一方的行為によつて喪失させることは到底是認されるべきではないからである。
(二) また本件において、被告による本件不動産に対する抵当権放棄がなされる以前に後順位抵当権が設立されているが、前記のとおり法定代位権者相互間に負担割合に関して民法の定める内容と異なる合意が存する場合に、右合意をもつて後順位抵当権者に対抗できる、つまり後順位抵当権者に対しても代位弁済額全額について求償権(および担保権)を主張できると言うべきである。(東京高判昭五五・四・三〇・判例時報九六五号六八頁等)。
(三) ところで、民法五〇四条は法定代位権者の取得すべき求償権を確保するため、債権者に対して担保保存義務を定めた規定であり、債権者の担保保存義務の範囲は法定代位権者が代位弁済により取得する求償権の範囲によつて定まると言うべきである。この点に関し被告は「担保保存義務の範囲が求償権によつて定まるなどとは言い得ない」と主張するが、「担保保存義務は法定代位権者の有する求償権」によつて上限を画されることを認めているのであり、この意味において債権者の担保保存義務は法定代位権者の取得する求償権によつて定まると言つて何ら差支えない。
本件において、原告及び訴外人らは、被告との間で連帯保証契約および抵当権設定契約を締結するに際し、原告の負担割合はないものとする旨の合意をしたのであり、従つて、原告が代位弁済によつて取得すべき求償権は代位弁済額全額であり、原告と被告との間には担保保存義務を免除する特約は存しておらず、被告は原告との間で右全額について担保保存義務を負担していると言うべきである。
6 被告が抵当権を放棄した本件不動産は昭和五六年九月競売手続に付され、最低売却価格金六〇九一万円とされ金七〇〇〇万円に近い価額で売却されたのであり、右事実に照らせば被告がそれらにつき設定された抵当権を放棄した時点における右価額は少なくとも金六〇〇〇万円を超えていた。
7 従つて被告による抵当権の放棄がなければ代位弁済額全額の償還を受けることができたことは明らかであると言うべく、原告は、被告による抵当権の放棄により、取得すべき求償権の全額について償還を受けることができなくなつたのであり、且つ被告には右抵当権の放棄について「故意又ハ懈怠」があることは明らかであるから、原告は保証人兼物上保証人として被告に対して負担する債務・責任の全部について免責を受けることができると言わなければならない。
8 よつて、原告は被告に対して、民法五〇四条の規定により、請求の趣旨の判決を求めるため本訴に及んだ。
二 答弁
1 請求原因1はいずれも認める。
2 同2は不知。
3 同3は認める。なお抵当権放棄に至る経緯は次のとおりである。即ち、被告が昭和五五年九月二六日本件不動産に対する抵当権を放棄した当時、訴外会社は被担保債権について左のとおり遅滞していた。
(一) 元金
(1) 昭和五五年二月二九日支払期日の金二八〇万円
(2) 同年五月三一日支払期日の金二八〇万円
(3) 同年八月三〇日支払期日の金二八〇万円
(二) 利息
(1) 昭和五五年二月二九日支払期日の金九七万九九八九円(残元金四三二〇万円に対する同年三月一日以降同年五月三一日まで年九%)
(2) 同年五月三一日支払期日の金一〇三万七四四九円(残元金四〇四〇万円に対する同年六月一日以降同年八月三〇日まで年10.3%)
(3) 同年八月三〇日支払期日の金九六万五五四七円(残元金三七六〇万円に対する同年八月三一日以降同年一一月二九日まで年10.3%)
(三) 遅延損害金(昭和五五年九月二六日現在)
(1) 金一三万〇八一八円(昭和五四年一一月三〇日支払期日の元金二八〇万円と利息一〇三万二一六四円の合計額に対する同年一二月一日以降年一四%)
(2) 金三〇万四四七〇円(前記(一)及び(二)の各(1)の合計額に対する昭和五五年三月一日以降年一四%)
(3) 金一七万三六八三円(前記(一)及び(二)の各(2)の合計額に対する同年六月一日以降年一四%)
(4) 金三万八九九六円(前記(一)及び(二)の各(3)の合計額に対する同年八月三一日以降年一四%)
しかして、被告は、訴外大鹿美咲子より訴外会社が西武信用金庫より金五〇〇〇万円の借入をするための担保に使用したいので右の延滞債務を支払うから本件不動産についての前記抵当権を抹消して欲しいとの申出を受け、前記日時に延滞債務合計金一一七二万六四八二円を受領して右抵当権を放棄したものである。
4 同4は認める。但し金三七六〇万円は貸金残元本である。
5 同5は争う。即ち、
(一) 同(一)について、
原告と訴外人らとは、何れも訴外会社が被告に対して負担する債務の連帯保証人であり、且つ物上保証人(共同抵当)である。
原告と訴外人らとは共同保証人ではあるが、何れも連帯保証人であるから、債権者である被告に対する関係においては分別の利益を有せず、従つて保証人間の負担部分が債権者との関係で法律上問題となるときは、負担部分は平等であることを原則とし、これと異なる負担割合の特約を保証人が債権者に主張し得るのは、債権者が右特約を認識している場合に限られると解すべきである。更に、物上保証人相互間の代位は各不動産の価格に応ずべきこと民法五〇一条四号の定むるところであるから、物上保証人相互間においてこれと異なる合意があつたとしても、それは、求償権の範囲、負担割合の合意として当事者間においては有効であるが、それを代位の範囲としても効あらしめるには利害関係人の承認を要すると解すべきである。しかして、債権者の担保保存義務は求償権に基づく代位の範囲に係わる事柄であるから、民法五〇一条四号と異なる物上保証人相互間の合意を債権者に主張するためには、その合意についての債権者の承認を要すると解すべきである。
(二) 同(二)について、
原告は法定代位権者相互間の負担割合の合意(連帯保証人兼物上保証人である原告及び訴外人らの合意の趣旨と解する)をもつて後順位抵当権者に対抗し得ると解すべきであるとして判例を挙示するが、原告引用の判例は連帯保証人(信用保証協会)と連帯保証人兼物上保証人或は物上保証人との間の合意に関する判例であるのみならず、同種事案について右の合意をもつて後順位抵当権者、差押債権者に対抗し得ないとする判例(東京高判昭五五・四・二三・判例時報九八三号七五頁)もあり、原告の対抗し得るとする見解は代位の対象となる債権と求債権とを混同するものである。
しかして、債権者の担保保存義務は、法定代位権者の有する求償権のうち当該担保の喪失・減少により償還を受くること能わざる限度で存するところ、法定の代位の範囲を超える合意に基く求償権の主張が後順位抵当権者に対抗し得なければ償還を受くること能わざる額は法定の代位の範囲に止まり、担保保存義務もその限度で存することになる。
(三) 同(三)について、
原告は、民法五〇四条の債権者の担保保存義務の範囲は法定代位権者が代位弁済により取得する求償権の範囲によつて定まるというが、債権者の担保保存義務は、法定代位権者の有する求償権のうち当該担保の喪失・減少により償還を受くること能わざる限度で存するのであるから、担保保存義務の範囲が求償権の範囲で定まるなどと云い得ないこと明らかである。原告の所論は求償権の範囲と代位の対象となる当該担保の債権の範囲とを混同するものである。
6 同6は争う。
7 同7は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すれば、同2の事実(負担割合に関する特約)を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三同3の事実(抵当権の放棄)は当事者間に争いがない。
四同4の事実中、訴外会社の倒産と未払貸金残元本額は当事者間に争いがない。
五同5(負担割合特約の効力と担保保存義務の範囲)について
1 弁済による代位の制度は、代位弁済者が債務者に対して取得する求債権を確保するために、法の規定により弁済によつて消滅すべき筈の債権者の債務者に対する債権(以下原債権という)及びその担保権を代位弁済者に移転させ、代位弁済者がその求償権の範囲内で原債権及びその担保権を行使することを認める制度である。つまり、代位弁済者が弁済による代位によつて取得した担保権を実行する場合に、その被担保債権として扱うべきものは、原債権の残存額(根抵当権の場合にはその極度額範囲内の原債権残存額)であつて、保証人の債務者に対する求債権ではない。従つて、保証人、債務者間の求償権の内容につき、民法四五九条二項によつて準用される同法四四二条二項と異なる特約(同項は任意規定と解される)、保証人間の負担割合に関する特約、物上保証人間あるいは保証人・物上保証人間の代位割合につき民法五〇一条但書四号あるいは五号と異なる特約(同号は補充規定と解される)等が存しても、これらの特約は、担保不動産の物的負担を増大させることにはならないから、代位弁済者は後順位抵当権者等の利害関係人に対し右特約の効力を主張することができ、その求償権の範囲内で右特約の割合に応じ抵当権等の担保権を行使することができるものというべきである(弁済による代位が生ずることにより右後順位の抵当権者等の利害関係人に対して、その権利を侵害する等の不当な影響を及ぼすことはないのであるから、代位弁済者が代位によつて原債権を担保する抵当権等の担保権を取得するにつき、右の利害関係人との間で物権的な対抗問題を生ずるという関係には立たない。最高判昭五九・五・二九判例時報一一一七号三頁参照)。
2 ところで、民法五〇四条は、前示のとおり保証人、物上保証人等の法定代位権者の取得する求償権を確保するため、債権者に右求償権の範囲内での担保保存の義務を認めたものであるが、これは債権者の有する担保は究極的には法定代位権者の取得する求償権の担保として機能することが予定され、且つ法定代位権者によつて期待されているからである。
従つて、債権者が法定代位権者の求償権の範囲(法定代位権者が他の法定代位権者に対し取得すべき求償権の範囲については、前示のとおり法定代位権者間の負担割合に関する特約をもつて民法の規定と異なる定めをすることを妨げるものではない)について認識していなかつたとしても、法定代位権者の右期待を債権者の担保権の放棄等といつた一方的行為によつて喪失させることは是認し難いと言うべきであるから、法定代位権者はその取得する求償権の範囲について、債権者の認識または承諾の有無を問わず、それを債権者に対し主張し得ると解するのが相当である。
3 しかして、前記二認定の事実によれば、原告は訴外人らとの間で、原告の負担部分はないもの(全部代位できる)とする旨の特約を結んだのであるから、結局、原告が代位弁済をなすことにより取得すべき求償権の範囲は代位弁済額全額であり原告はその範囲内において本件不動産につき抵当権を行使することができるものと言うべく、一方被告は原告に対し、右全額の範囲内において担保保存義務を負担しているものと言うべきである。
4 以上の見解に反する被告の主張は採用しない。
六同6(本件不動産の価額)について。
<証拠>を総合すれば、本件不動産は被告の後順位根抵当権者である訴外安全信用組合の申立により昭和五六年九月一四日競売手続(浦和地方裁判所昭和五六年(ケ)第三五〇号同日競売開始決定)に付され、同手続において昭和五七年三月頃最低売却価格は金六〇九一万円とされ、最終的に売却価格は金六七〇〇万円であつたこと、被告の本件不動産についての抵当権は第一順位であつたことが認められ、この事実に照らせば、被告が本件不動産につき抵当権を放棄した時点(昭和五五年九月二六日)頃における本件不動産の価額は少なくとも被告の前記抵当権の当初の被担保債権額金六〇〇〇万円を超えていたと推認される。しかして、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
七同7(免責)について。
1 右六認定の本件不動産の価額と訴外会社が被告に対して負担していた未払残債務額を比較するに、抵当権放棄の日である昭和五五年九月二六日現在における訴外会社の債務は貸金残元本金三七六〇万円、未払利息金二九八万二九八五円、遅延損害金六四万七九六七円の合計金四一二三万〇九五二円であることは被告の自陳するところであり、原告もこれを明らかに争わない。一方成立に争いのない甲一三号証の一、二によれば、訴外会社は昭和五五年一二月一五日に不渡処分を受け倒産したため、同月二六日被告から前記一の貸金返還債務につき期限の利益を喪失したとして訴外会社、原告らに対し前記貸金残元本金三七六〇万円とこれに対する昭和五五年一一月三〇日以降同一二月二六日まで年10.3%の利息金同月二七日以降支払済に至るまで年一四%の遅延損害金の一括支払請求のなされたことが認められる。つまり、同年一二月末頃には、被告は本件不動産について抵当権を放棄しなければ、その担保権を実行し得たものと言うことができる。
2 しかして、民法五〇四条の免責の額を決定する標準時期を前記抵当権放棄時としても、あるいは抵当権実行可能時としても、右いずれの時期においても本件不動産の価額(被告の放棄した抵当権は第一順位である)が訴外会社の債務額を超えていたものと認められるのであるから、被告による本件不動産についての抵当権放棄がなければ、原告は被告に対し代位弁済することにより取得すべき求償権の範囲内、つまり代位弁済額全額の償還を右抵当権実行により受け得る地位にあつたもの、つまり、被告の右抵当権放棄により代位弁済額全額の償還を受けることができなくなつたと言える。
3 にもかかわらず、被告は本件不動産についての前記抵当権を放棄したのであるから、被告は「故意に其担保を喪失」した(民法五〇四条)ものと言うべきであり原告は前記一の保証人兼物上保証人として被告に対して負担する債務・責任の全部について免責を受けることができると解するのが相当である。
八(結論)
以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(根本久)
別紙一、二、三<省略>